2010/09/17 (更新日:2010/09/17)
<軽度脳損傷>初の認定 2000万円賠償命令 東京高裁
9月12日(日) |
交通事故により脳に特異な損傷を負う軽度外傷性脳損傷(MTBI)になったかどうかが争われた訴訟の控訴審判決で、東京高裁が「脳に損傷を負った」と認 めていたことが分かった。MRI(磁気共鳴画像化装置)の所見がないことなどから従来は否定されてきたケースで、1審もむち打ち症と認定していた。患者団 体によると、MTBIを事実上認めた初の司法判断という。
訴えていたのは東京都世田谷区のIさん(38)。代理人の弁護士は「交通事故による脳損傷の認定条件の変更を促す画期的な判決」と評価している。
9日の高裁判決によると、Iさんは埼玉県内の東北自動車道で03年10月、渋滞停車中にワゴン車に追突され▽両手の握力がほとんどない▽においが分 からない▽道に迷う▽寒暖が分からない▽頻尿--といった症状が残った。事故の衝撃で脳の情報伝達を担う神経線維が所々切れた「軸索損傷」を負ったとして ワゴン車の男性側に約1億5000万円の賠償を求めていた。
同種訴訟では従来(1)事故直後の意識障害(2)脳損傷を示す画像所見(3)受傷直後からの症状--がそろった場合に脳損傷と認められてきた。だが高裁 判決で原田敏章裁判長は、五十嵐さん側の医師意見書を基に「MTBIでは症状が遅れて出ることもあり、脳損傷の画像も必ず見られるわけではない」と指 摘。(1)~(3)は満たしていないが、後遺症に関し「事故以外の原因は考えられず、脳が損傷した事実は否定できない」と結論付けた。
(1)~(3)を欠くことから1審東京地裁は2月、男性側主張に沿って脳損傷を否定、自賠責の後遺障害等級を14級程度と低く認定し賠償額を約530万円にとどめた。高裁は9級に引き上げ約2000万円の支払いを命じた。
Iさん側は賠償額を不満として上告を検討する方針。男性側は取材に対し「判決内容を検討しておりコメントは差し控えたい」と書面で回答した。
◇同様提訴の男性「希望が見えた」
原告のIさんは判決について「事実上の病気認定。全国で同じ病気に苦しむ人の励みになれば」と喜び、同様の訴訟を抱える患者からは希望の声が上がった。
MTBIは認知度が低く、Iさんは事故後、心ない医者の対応に不快な思いもした。ある医者はMRIで画像異常がないと伝えた後、「心が弱っているから、精神科の先生にでもみてもらったら」と勧めた。精神科に行くと「うつ病」と診断されて、薬を出すだけだったという。
現在は食べ物がのどをうまく通らない障害が悪化し、最近はゼリー状の栄養剤が手放せない。判決での自賠責後遺障害等級が9級だったことに対しては「あまりに低く見られている。正直不満が残る」と話した。
東京都板橋区の元タクシー運転手の男性(39)は03~05年に3回交通事故に遭い、頭から首にかけての激痛で休業。補償は07年夏に打ち切られて、年 明けから生活保護を受けている。高次脳機能障害などの症状があり、事故相手に損害賠償を求める訴訟を起こしている。男性は「今回の判決で少しだけ希望が見 えた」と喜んだ。
◇ことば 軽度外傷性脳損傷(MTBI)
頭部に物理的な力が加わって起きた、急性の脳損傷を外傷性脳損傷(TBI)と呼ぶ。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されるが、国内では軽度の概念 がない。欧米では7~9割が軽度とされ、そのうちの1割が慢性化するとされる。世界保健機関(WHO)は、受傷後に意識混濁または見当識障害などの要件を 示している。