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イチロー、記録達成で発見した仲間の存在 10年連続200安打を追って DAY5

2010年9月24日(金)

■「喜んでもいいんだ……」

イチローの200安打達成に、ダッグアウトで立ち上がり拍手をおくるチームメート

イチローの200安打達成に、ダッグアウトで立ち上がり拍手をおくるチームメート【写真は共同】

 昨年9月にメジャー通算2000安打を記録した時と同様、今回もリリーフ投手らによる万歳三唱は、ブルペンコーチを務めるジョン・ウィッテランドの音頭によるものだった。

 その瞬間、イチローの緊張が緩む。

「ちょっとほっとしました」

 先日(9月18日、現地時間)、日米通算3500安打を打ったとき、イチローは低迷するチームの中で個人記録が注目されることを拒んだ。

「2年前のことがトラウマになっちゃって、あれ以降、僕の中では何を喜んでいいのか、ちょっと分からなくなった」
 しかしこの日は、打った瞬間にダッグアウトの選手全員が立ち上がって、拍手を送る。回が終わって守備に就けば、ライトのブルペンにいた投手らが万歳で祝った。
 イチローは一人ごちた。
「喜んでもいいんだ……」

■感情を出すことへの恐れ

 2年前、一部のチームメートから、「チームの勝利よりも記録を優先する自分勝手な選手だ」と決めつけられ、あらぬ目を向けられた。それは、「自分のこと ができて、初めてチームに貢献できる」というイチローの哲学が揺らぐほどのもの。結果としてイチローは、殻にこもり、自分の感情を出すことを恐れるように なっていった。
 昨年、その殻をケン・グリフィーが強引にこじ開けたのだが、その彼はすでに引退し、今年もチームは100敗をうかがう勢い。イチローは記録が近づいて身構えた。

 一連の経緯を聞いて、「そんなに悩んでいたのか?」と話したのは、デービッド・アーズマ。彼は、「2年前のことはいなかったので分からない」としながらも、こう言った。

「プレーオフに出られない状況になったときこそ、気を引き締めて、僕らはプレーしなくちゃいけない。そんな中でイチローは、ヒットを打つという彼の仕事をしているまでだ。最悪なのは、プレーオフに出られないからといって手を抜いたりすること。それこそ、自分勝手な選手だ」

 ブルペンで、人一倍胸を張って万歳をしていたブライアン・スウィーニーも、「そんなことがあったのか」と暗い顔を見せたあと、「心配する必要なんてないのに」と言ったが、少し考えて絞り出すように続けた。

「そういう孤独を感じながらプレーし、200安打に達したのだとしたら、さらにすごい」

 彼はこんな例え話をした。

「1マイル(約1.6キロ)を一人で歩くと、長く感じるだろ。でも、仲のいい友だちや子どもと歩けば、1マイルなんてすぐだ。イチローは、本来短い道のりを、何倍もの距離に感じながら、たった一人で道を歩いていたんだろうか」

■一番の“発見”は仲間の祝福

 いや、イチローにも仲間はいたかもしれない。マラソンに例えれば、最初はグリフィーやマイク・スウィーニーが、ペースメーカーだった。

 しかし、彼らが途中で離脱。そのあと、イチローと伴走できる選手はいなかった。今年のチームメートは2年前とは違う。イチローが振り向くことができれば、並びかけてくる選手はいたかもしれない。しかし、2年前の視線が気になり、イチローは振り返る勇気を持たなかった。

 だからこそ、ブルペンの万歳はイチローの胸を打った。

 試合後の会見途中、フェリックス・ヘルナンデスが、「おめでとう」とわざわざ言葉を掛けに来た。

 それもイチローにとっては、特別な意味を持ったはず。2年前には、アンチ・イチロー派に、彼もまた抑制されていた。この日、わずか2安打で敗戦投手になったにもかかわらず、記録を祝福しに来たところには彼の成長もうかがえる。

 今回の日米通算3500安打、10年連続200安打達成に、おそらくイチロー自身は何も期待をしていなかったはず。波風立たずに通り過ぎてくれれば、と。

 しかし、チームメートがそばにいた。その発見こそが、今回の記録で意味を持ったのかもしれない。
 
                                        (ニュースより)
 イチローほんとにすごいですねぇ~
当院にもイチロー似の野球少年が治療&メンテナンスに通院しています。

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